晴耕雨読の日々

 梅雨らしく雨が降る続く日が続いています。雨が止んでも、パッと晴れることが少なく、気分も落ち込んできます。

 今朝も朝から雨が降っています。作業も追いついていて、連日の雨で畑の土もぬかるんでいると思いますので、今日は畑に出るのはお休みにします。

 古い言葉で、「晴耕雨読」というものがあります。文字通り、晴れた日は田畑を耕し、雨の日は家で読書をして過ごす、という意味です。昔は雨が降ったら、畑仕事はお休みで、家でのんびり過ごす余裕があったのでしょう。

 畑での収穫適期、流通システム、さまざまな観点から考えても、雨の日に出荷をしないというのはなかなかできません。市場は安定的な供給を求めるし、すでに畑にいる野菜たちは成長を待ってくれません。

 今年アルバイトにいかせてもらっているレタス農家も、出荷は雨に関係なく毎日あります。雨の日はどうしても作業効率が落ちますし、肉体疲労も結構あります。雨の中でも外で働くのが農業だ!、というのも理解していますが、やはり気は乗りません(笑)。

 できるだけ雨の日はゆっくりできるようになれたらいいなという思いはあります。昔の農家、百姓みたいに晴耕雨読の日々を送れたらいいですね。

 

 最近読んでいる本は、亜紀書房「生き物を殺して食べる(英題:THE ETHICAL CARNIVORE MY YEAR KILLING TO EAT)」(Louise Gray著)です。題名を見ると物騒な話に聞こえますが、肉を日常的に食べる人(ほとんどの人があてはまるはずです)は無関係ではいられないテーマです。

 この本も書評として紹介したいのですが、考えさせられる内容が多く、まだうまくまとめられていません。しっかりと読み込んでいずれ紹介したいと思います。

【書評】自然卵養鶏法/中島正【食と農】

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【自然の恵みを最大限授かった卵】
 昔は、どの農家の庭先でも自給を主な目的とした自然養鶏が行われていました。従来の養鶏を「企業養鶏」と呼び、両者を比較しながら、自然卵養鶏の概要、そしてその真髄が語られていきます。

・紹介文

 物価の優等生ともいわれる卵は技術の進歩と共に、増産、効率化が図られてきました。それは鶏自身の健康を損なうような、自然から隔離された養鶏を意味します。

 バタリーと呼ばれる檻に閉じ込め、床はコンクリート、鶏舎に窓はなく、時間通りに自動給餌される餌はハイカロリーな完全配合飼料。産卵効率が低下してきた鶏はすぐに廃鶏となります。

 著者の実践する自然卵養鶏は、大規模近代養鶏に共通するものは何も存在しない、と主張します。大自然の中で太陽と風を浴び、粗飼料と緑餌で育った鶏が生む卵こそ、私たち消費者は求めていくべきなのでしょうか。

 本書を読むと、常日頃食べている卵への見方が一変すると思います。

・こんな人におすすめ

・自然卵に興味がある人

・アニマルウェルフェアに関心がある人

・自給的な、小規模循環農業に興味がある人

・要約 10の抜粋

自然循環型農業の一環として小羽数平飼い自給養鶏を採り入れるならば、いかなる事態に直面しようとも、大自然の続く限りそれは悠久の自立が可能である。

われわれは力を合わせて一羽でも多くの鶏を、「養鶏工場」の金アミの中から大地におろして、養鶏を農家の手にとり戻さなくてはならない

前にも言ったように、企業養鶏(あるいは商社養鶏)と農家養鶏との間には、共通するなにものを存在しないのである。

綿密な集約管理――人口コントロールといえば養鶏技術の最先端をゆくものとして聞こえはよいが、それは裏返せば大自然の恵みを拒否して、鶏に誤った過保護を強要し、鶏を弱体化することにほかならない。

農家養鶏が農家養鶏たるゆえんは、まずこの卵を大量に生産できないということが第一である。ベルトコンベア方式の大型養鶏と違って、われわれの農家養鶏は「手づくり」の養鶏である。一つ一つの卵に、農民と鶏の血が通っているのである。

農業は消費者を養うためにあるのではない。それは農業者自身の生命の糧を得るためにあるのである。

私は「給餌をする」ということは、「エサを与える」ということよりも、「鶏を見る」ということのほうが眼目でなければならないと思うのである。機械は「エサを与える」けれども決して「鶏を見る」ことはしないのである。

このあたりの兼合いが養鶏技術の奥の手ともいうべきところで、カボチャやイモをつつかせながら、また緑餌を鶏舎に放り込んでやりながら、それでも鶏が腹八分で、給餌のときには飛びついてくるような飼い方――これがまことの養鶏技術というものである。

企業化されてからの養鶏はとみにセチ辛くなり、卵をなるべく早くから産ませて、速やかに育成費を回収しようという傾向が強くなった。

ほんとうに自然であるためには、野鳥の卵を探して食うか、山菜や木の実、ヤマイモなどを採って、食うかするよりしかたないので、米やキャベツや鶏卵を食うのは「反自然」なのである。(中略)ではいったい、どこでその折り合いをつけ、どの程度人工を許容すべきか。私は「農薬や動物医薬品、飼料添加剤などを用いなくても飼養または栽培できる範囲内の人工はさしつかえない」ということにしているのである。私がこれまで「できるかぎり大自然の恩恵に浴す養鶏法」という表現をとってきたのはこの理由による。

・一言まとめ

 大自然の中で健やかに育った鶏の産む卵、絶対においしいに決まっています! 外部の供給に頼らない、循環的な農業の可能性を感じます。

【書評】無肥料栽培を実現する本/岡本よりたか【食と農】

【無肥料栽培を実現するには?】
無肥料栽培伝道師、自然栽培農家/岡本よりたかが、取材を通じて現代農業の環境にもたらすダメージを知り、その経験から自然と正面から向き合うことでつかんだ極意が詰まっています。

・書籍の紹介文

 無肥料栽培ってどうやってやるの? なぜ無肥料で野菜が育つの?

 本書は無肥料で野菜を育てるための真実が詳しく書いてあります。無肥料栽培を実現させるための基礎となる一冊です。

 無肥料無農薬と聞くと、「栄養がないのになぜ野菜が育つのか」、「虫にやられてしまうのではないか」と疑問に思うことがたくさんあると思います。

 野菜が育つ仕組みから、栄養素の循環、土や微生物の役割、虫の仕事まで基礎的な話から始まります。さらにその知識を実際の畑やプランターでの栽培に生かす技術も詰め込まれています。

 従来の農業、栽培の常識とは正反対のことが多く、驚かされることも多いです。しかし、どれも理論的に説明がつきます。断片的な知識を無肥料栽培という一本の軸に沿って、包括的に飲み込むことができるはずです。

 無肥料栽培に興味を持ったら、まず本書を読んでみてください!

・こんな人におすすめ

・無肥料栽培に興味がある人

・農業の基礎知識を学びたい人

・無肥料栽培を実践してみたい人

・要約 10の抜粋

僕は『一億人総兼業農家』を提唱します。(中略) 小さなコミュニティで野菜や穀物を融通しあいながら、生き延びればよいのです。

「カッコウが鳴いたら種をまけ」。

本書は、いわゆる手順を教えるマニュアル本ではありません。あくまで自然の摂理を知ることに充填を置きました。なぜなら、人間は作り出した効率化というシステムが、農薬や肥料を手放せなくなる呪縛を作り出してしまうからです。

自然界では植物が成長するための必須元素の中の多量元素というものは、自然と供給されていくものです。

風を見る
無肥料栽培において、最も大事なのは、太陽でも土でも水でもなく「風」です。

雑草で土の状態を知る

僕が進める無肥料栽培は草生栽培ではありますが、雑草という雑草をすべて残すということはしていません。

虫がやってくるのにもちゃんと理由があります。この理由を正しく理解できていれば、実は虫食いは減らすことは可能です。

自然界を見ても、一種類の雑草に覆われるということはほぼありません。自然界は、そうやって土壌中のバランスが狂わないようにしているからです。

僕は肥料を使ってはならないなどとは思っていません。それがなければ、今のような潤沢な食品流通は実現していないでしょう。

・一言まとめ

 この本を読むことであいまいだった無肥料栽培が少しはっきりしました。無肥料栽培の可能性を感じます。